CI Inc.(シーアイ・インク)では、スマホから簡単に病児保育施設の予約申し込みができるサービス『あずかるこちゃん』を開発しています。
病児保育施設は子どもが急病になってしまったときに通常の保育園に代わって看護と保育を行ってくれる施設ですが、これまで事前登録や電話予約のしづらさで子育て世代に必要なサービスなのに利用率が低いという課題を抱えていました。
『あずかるこちゃん』は、利用者と施設、両者に最適なデジタルソリューションを提供することで病児保育がより利用しやすくなる社会を目指します。
今回は『あずかるこちゃん』を運営するCI Inc.代表の園田正樹氏にお話を伺いました。
プロフィール
園田 正樹 CI Inc. 代表取締役社長、産婦人科専門医
新潟県糸魚川市出身。佐賀大学医学部卒。
医師と起業家という2つの顔を持ちながら、週一24時間は産婦人科医として勤務し、その他はより良い病児保育サービスを提供するべく研究開発の日々を過ごす。
起業前「産後うつ」や「孤育て」に触れ、病気ではなくどうしたらお母さんたちの生活を変えることができるだろうと頭を悩ませていた時に”病児保育”という制度を知る。
「子どもの急な病気で退職」する女性や「病児保育」が使いづらくて困っている友人に出会い、”この社会を変えなければならない”という強い想いから、医師だからこそできる課題解決をしようとCI Inc.(シーアイ・インク)を2017年に設立。
「安心して産み育てる社会をつくる」をビジョンに、スマホで病児保育施設とつなげる 『あずかるこちゃん』を現在開発中。
あずかるこちゃんが取り組む「病児保育の課題」
ーーあずかるこちゃんで取り組まれている社会課題について教えてください。
園田:あずかるこちゃんでは病児保育の課題に取り組んでいます。
病児保育とは、病児(=保育園で預かってもらえない軽症の子ども)を一時預かりし、看護と保育を行うことです。その施設を病児保育施設と言います。
働くお父さん、お母さんの課題として子どもの急病時の仕事の調整があります。
子どもはすぐに体調を崩します。特に保育園に通い始めの0~2歳児は、年に10~20日間も保育園を休むと言われています。
子どもの急病時、誰にも頼ることができないと、仕事を休まざるを得ません。こうしたことが年になんども繰り返されることで、生産性の低下や離職のリスクを招いてしまいます。
さらに、お父さん、お母さんが子育てと仕事の両立がうまくできないストレスや離職のリスクを抱えてしまうと最終的には大切な子どもに影響が及んでしまうのです。
「産後うつ」や「虐待」、「孤育て」というような問題は、日々の小さなストレスやプレッシャーの積み重ねの上に発生しているのではないでしょうか。
我々はビジョンとして「安心して産み育てられる社会をつくる」を掲げています。病児保育が適切に機能することは、安心して子育てする環境づくりであり、私たちのビジョンを実現させるための一歩です。
しかしながら、病児保育施設の利用率は30%程度と、とても低くうまく機能していないのが現状です。
働くお父さん、お母さんにとって子どもが病気の時でも保育をして欲しいというニーズはとても高いはずなのに、利用率は30%・・・
ここに病児保育の課題があります。利用率が30%に留まってしまっている理由は、大きく2つあります。
それは「使いづらさ」と「認知不足」です。
そこで『あずかるこちゃん』では、まず病児保育施設の「使いづらさ」を解消するためのサービス開発に取り組んでいます。
子どもは未来、豊かに育つようにしてあげたい
ーーどうして病児保育の領域に取り組もうと思われたのでしょうか。
園田:今年で、産婦人科医になって12年目を迎えます。私はもともと、子どもが大好きで産婦人科医になりました。
その後、大学院では「社会の幸福を考える」学問である公衆衛生を学びました。公衆衛生の中でも特に、産後うつや虐待に関心を持って研究しました。
医者は「目の前の患者さんをいかに救うか」ということを常に考えています。しかしながら、公衆衛生学を学び視野が広がったことで、目の前の患者さんを救うためには「生活」に注目し、改善していく必要があることに気づきました。
「生活」のキーワードの1つが子育てだと思います。そこで子育ての環境を改善して産後うつや虐待を無くせるのではないかと思ったのですが、自分では何から行えばいいかわかりませんでした。
そこで、実際に子育てされている方に話を聞くことにしました。
いろんな方に話を聞いている中で一番ショックだったのが、子どもの風邪やインフルエンザなどの軽症の病気が原因で仕事を休むことになってしまい、上司から配置換えを指示されて、やりがいと収入が減り、仕事を辞めてしまったという声があったことです。
子どもが風邪をひくことは当たり前のことなのに、それで親がキャリアを諦めなければならないのは、少しおかしいのではないかと思いました。
また、大学院の同期からも「病児保育がすごく使いづらくて困る」という話を聞くことがありました。その時に初めて「病児保育」という言葉に出会いました。
病児保育について調べると、子どもが急に病気になった時に保育園では預かってもらえないのですが、そうしたお子さんを預かってくれる専用の施設が全国にたくさんあることが分かったんです。
「めっちゃいいじゃん!」と素直に思いました。
同時に、産婦人科で子どもや女性のことに関わっている身なのにどうして知らなかったんだろうと思い、「病児保育」についてさらに調べていくと、あまり利用されていないことがわかりました。
どうしてこんなに良いものが使われないのかと思って、さらに深掘りしていくと「使いづらさ」と「認知不足」の課題があると分かったんです。
その時に「使いづらさ」であれば、テクノロジーを活用して利用者と施設をもっと身近にする仕組みを作ることで、解決できるのではないかと思いました。これが、私が病児保育の課題に取り組んだきっかけでした。
ーー子どもが好きということですが、親の課題解決にアプローチしているのはどうしてですか。
園田:子どもは未来だし、何にでもなれる存在だと思うんですね。別の言葉で言えば、育った環境によって、その子どもの将来はいい方にも悪い方にも振れてしまう。
僕はもの凄く田舎の生まれで、全校生徒9人の学校で育ちました。僕が医者になることは正直ありえないことです。
同級生は誰も大学に行っていません。僕は少しだけ成長が早かったおかげか、成績が良く、恩師の後押しもあって運良く進学校に進むことができました。
そして高校で初めて、周りの人達が、東大に行くとか医学部に行くのが普通と捉えている環境に入ったのです。そこで出会った、恩師や周りの環境が僕の人生を大きく変えてくれました。
やはり子どもにとっては、周りの環境がとても大事だと思うんです。まずは親を幸せにしてあげることが、子どもの幸せに繋がると思います。
ビジネスは全てのステークホルダーを見よ
ーー育った環境によって子どもが大きく左右されてしまうという原体験をお持ちなんですね。
あずかるこちゃんはどのようなサービスなのでしょうか。
園田:あずかるこちゃんでは、病児保育の利用に関わる二つの課題に取り組んでいます。
それは利用者の課題と施設の課題です。
利用者の課題として、まず、予約できるまでのハードルが高いことが挙げられます。
少し想像してみてください。
共働きの家庭で、夜にお子さんが熱を出した。保育園はきっと預かってくれないし、どちらかが仕事を休んで看病しなければいけない。
でも、2人とも明日はすごく大事な会議があり、仕事は休めそうにない。そんな時に、病児保育施設を知っていればすぐにお願いしたいと思うはずです。
しかしながら、施設をすぐに予約できるかというと、実はそうではないのです。まず事前に登録をしなければいけません。
全ての施設に当てはまることではありませんが、市区町村や施設に事前登録をしないと病児保育施設を利用することができないのです。
また、その事前登録も紙の書類でFAXや郵送、直接施設または自治体に持っていかなければならないところもあります。
例えば、ある区だと11施設程あるのですが、3つの施設に予約申し込みをしたい思った時に、そのすべてに事前登録書類を提出しなければいけなかったりと。
とにかく予約までのハードルが高いです。
実際に予約をする時も、9割以上の施設は電話予約です。家に帰ってきて、子どもが熱を出して夜に電話をかけようと思っても、施設の営業時間外だった場合、予約の申込ができません。
翌日の朝7時ごろから電話受付が始まりますが、そこで一斉に電話がかかってくるので、つながりにくい状況です。
そのような体験を繰り返してしまうと、予約すること自体が苦痛になってしまい、「どうせ使えない」というイメージがついてしまいます。
現状の事前登録や電話予約をデジタル化してお父さん、お母さんがより病児保育施設を利用しやすくなるようにする。
これがあずかるこちゃんで解決する利用者側の課題です。
実は施設利用に必要な煩雑な紙書類をデジタル化して、電話予約ではなくスマホから予約できるようにすることで、病児保育の課題が解決できると思って、以前サービスを始めようと思ったのですが、上手く機能しませんでした。
施設側に受け入れられないサービスを作ってしまったんですよね。
利用者の課題はいろんな方にヒアリングをしていたので深く理解していたのですが、サービスを導入してくれる施設側のことを全然知らなかったということに気付いたんです。
そこで施設側は何に困っているのか、どういうサービスを求めているのか、しっかりと理解する必要があると思ってヒアリングに行きました。
すると、施設は電話でのコミュニケーションを大事にしていることがわかりました。
電話を利用することで、子どもがどのような状態で、本当に預かって大丈夫かを判断するのに丁寧に問診をしています。
問診のルールも施設ごとに全く違うようで、それをシステムにするにはかなり難渋すると思いました。
僕らは初め、利用者側だけの課題を見て、全ての書類のデジタル化や、電話をなくして予約から予約確定までシステムを導入することで、利用者に喜んでもらえると思ってシステムを開発していました。でも、施設側はそれを望んでいなかったのです。
なので、今やろうとしてることは、かなりシンプルです。
あずかるこちゃんは、スマホで予約申し込みすることを可能にするだけで確定はしません。
確定まですると、施設側で「どうしてこの人を確定にしたの」となってしまうからです。
予約申し込みさえできていれば、施設側は利用申込一覧を手にすることができます。
すると、これまで営業中に全て電話で確認していたことを、日中の保育の時間が終わった後に、施設側から保護者に向けて電話で確認できます。
保護者は電話が繋がらない苦痛がなくなって、電話が来れば使える可能性が極めて高いこと。そうでなければキャンセル待ちであることや、利用できないことがわかります。
現状、利用できなかった人がどのような体験をしてるかと言うと、朝8時半までに連絡が来なければ「利用できないと考えてください」という形になっているところもあります。
それでは働いてるお父さん、お母さんにとって辛いと思うので、そのような体験を少しずつ変えていきたいと思います。
施設側もシステムを導入することに対して不安を抱えているので、現状のオペレーションを大きく変えてしまわないようにしながら、少しずつシステムを導入していくようにしています。
僕らは最初、システム上で全てを完結できるものを作ってしまったのですが、今はあえて機能を少なくして、そこから積み上げていくことを行っています。
その方が現場にとっては最適な流れだと気付いたからです。
また、施設へのヒアリングの結果、他にも見えてきた課題があります。
それは、病児保育がそもそも知られていないことでした。弊社で病児保育について、子どもを持っているお母さん300人を対象に、全国調査を行いました。
すると、病児保育を利用したことがあるお母さんがわずか12%しかいませんでした。
実際に子育て中であり、利用の可能性が高い保護者の9割近い方が一度も使ったことがないという結果が出てきたのです。
なぜ利用しないのか聞いてみると、そもそも知らない人が75%くらいいました。「認知不足」が「使いづらさ」とは別のところで課題となっているとわかりました。
この調査でわかったことは、ネガティブなことばかりではありません。
ポジティブなデータもあって、一度しっかりと利用できた人の多くがリピーターになっていたんです。これは病児保育施設の利用体験が素晴らしいという証だと思います。
しかし、現状、限られたお母さんたちが何度も利用して利用数があるという状態なので、認知不足は絶対解決しなければいけないと思っています。
想いだけでは、社会を変えることはできない
ーーカスタマーとクライアントがいるビジネスモデルでは、片方のニーズや仕様を満たすだけでは上手くいかない失敗がよくあると思います。
どちらのニーズやインサイトも満たすようなソリューションの最適化が重要ですよね。
運営していて大変だったことや嬉しかったことにはどのようなことがありますか。
園田:大変だったことは、僕が医療者なのでビジネスのことがわからないし、そもそも新規事業を創るということが全くわからなかったことです。
最初は完全に手探りで、学びの時間がすごく必要でした。
先ほど申し上げたように、以前ユーザーの課題に合わせたシステムを一度構築して、実証実験を行いました。
最初に実証実験を行った施設でいい形でハマって「思った通り、これならいける!」と思いました。
しかし、これが後に「1つの施設にハマってしまっただけ」だと気付きました。
実証実験に協力していただいた施設は、新設の施設で、既存のオペレーションが無く、すべてをデジタル化しても上手くいってしまったんです。
逆にこれまで長く運営されてきた施設には、売れないものを作ってしまいました。
なので、かなりお金も時間も投入して作り上げた、理想の形を実現したシステムを全て捨てるという意思決定をしなければいけない時がありました。
その時に想いだけの素人集団では、絶対に社会を変えることはできないと理解しました。その時の意思決定は凄く辛かったですね。
嬉しかったことは、利用者側の実証実験では凄くポジティブなフィードバックを頂けたことです。
今まで電話予約などの体験をした人があずかるこちゃんを利用すると「めっちゃいい!」と言ってくれたので、僕らがユーザーサイドを見てやっていたことは、決して間違っていなかったとわかって、凄く嬉しかったですね。
ーー最後に今後の展望とメッセージをお願いします。
園田:『あずかるこちゃん』の目標は、病児保育の課題を全て解決することです。
現在はネット予約だけですが、それで終わることなく、保育記録や保護者と施設のコミュニケーションなどを解決できるように展開していきたいと思っています。
その解決策はビジネスサイドだけでなく、行政サイドやアカデミアなどの大学サイドも巻き込んで、大きなムーブメントを起こしていきたいと思います。
産官学の連携で病児保育という素晴らしい社会資源を多くの人に届けていきたいですね。
会社としては、病児保育だけでなく、子育て全てに関わる課題を解決できるようにしていきたいです。
この記事を読んでいる方へ経営者として私が伝えられることは、経営資源としてよく「ヒト・モノ・カネ」と言われると思いますが、圧倒的に大事なのは「ヒト」だと思っています。
僕の会社の名前は「Connected Industries」です。この名前は、イノベーションを起こすには様々な分野の知見を合わせることが必要だという信念の現れです。
私の取り組んでいる事業は、ビジネスの知見であったり、エンジニアリングであったり、保育のような領域の専門家の意見であったり、あらゆる知見を合わせていかないと成功しないと思います。
それらを一人で全部できるようにしていたら、「いつできるようになるの?」となってしまいます。1人ですべて行うのではなく、強いチームを作ることが大切です。
これから起業などに挑戦しようと思われる方は、想いは凄く強いと思います。ただ、それが上手くいくかどうかは、強いチームを作ることができるかにかかっていると思います。
一人で頑張らずに、声をあげて仲間を増やして下さい。最初は一人で旗を立てる必要があるかもしれませんが、身近な人を巻き込んで、そのチームで社会を変えていく。
この順番をぜひ意識して、動いていただければいいと思います。
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