新興国の若者と日本のシニアの交流を実現するサービス「Sail」を運営するHelte代表の後藤学氏に、サービス着想までの経験や社会課題に取り組む人に大切な心得について伺いました。
プロフィール
後藤 学 株式会社Helte 代表
1991年、千葉県柏市生まれ。カメラマンの母を持ち、アメリカのサーカス団や新宿のドラッグクイーンとの交流を通じた特殊な環境で幼少期を過ごす。
日本大学では国際ビジネスを専攻。在学時にアメリカ、インドへの交換留学を経験し、同時に30ヶ国を放浪。日本大学卒業後、ITコンサルタントとして自動車業界、製造・流通業界などのクライアントに対してITシステムの導入、地域戦略、業務改善サービスを提供。2016年に株式会社Helteを設立。
社会課題の解決は「マイナスをプラスに変える」大きな挑戦
――「Sail」というサービスではどのような人々を助け、その人々はどのような課題を抱えているのでしょうか。
後藤:「Sail」は、日本の高齢者と新興国で日本語を学ぶ若者たちという2者の課題解決に取り組んでいます。「Sail」はITのシステムとして、「日本の高齢者」と「新興国に住んでいる若者」をプラットフォームとして繋げることで、交流や会話を生み出そうとするサービスです。
両者がどのような課題を抱えているか。
日本の高齢者の方々は元気で頑張っていて、生きがいを持っている人がいる一方で、寂しさを感じたり孤独を感じたり、社会参加・社会貢献ができる機会が薄れてきてしまっている人々がいます。
そこで、高齢者の方々が気軽に楽しめて、社会参加できる環境が必要となっている現状があります。
一方、新興国で日本語を学んでいる若者たちは、なかなか日本語のネイティブと会話をする機会がありません。
そして、講師1人対50人の生徒というような画一的な教育環境で学んでいる課題があります。それだけではなく、学校にも通えない人々がいる状態です。
高齢化のような現象は社会にとってマイナスと捉えられることが多いと思いますが、取り組みによってはプラスに変えることができると考えています。
また、新興国で日本語を学びたいと思っている若者たちにしっかりと学べる環境をつくってあげることができれば、日本国内で働くなど様々なかたちで日本に貢献してくれるかもしれません。
両者が抱えている課題を解決することで、両者が社会に大きなプラスの影響をもたらせるように環境を整えていきたいと思っています。
様々な想いや経験からきっかけが生まれる
――そのような高齢者と新興国の若者の課題は、後藤さんのように日本にいる若者には関係のない課題に思えてしまうのですが、どうして両者の課題に取り組もうと思われたのでしょうか。
後藤:そこには、僕自身の2つの経験が大きく関わっています。
1つ目は新興国での経験です。僕は大学時代に交換留学でインドのゴア州に行きました。
その時に、インドには貧困層の人々がたくさんいることを知りました。そして、インドは危険なところでもあり、道で野垂れ死んでいる人もいれば、生活のために我が子を売るような親たちも珍しくない環境であることを知りました。
そのような中で、僕が日本で持っていた家族や経験してきたことが極めて恵まれた「特権」だったことに気付くことができました。
それから、「このような貧困を無くすためにはどうしたらいいのか」と考えてインドでいろいろと調査をしてみると、「教育が大事だ」という結論に至りました。しかし、当時20歳だった僕は何かできるわけでもなく帰国してしまいました。
そして、その後もバックパックを背負って30ヵ国ほどを回ったのですが、東南アジアで日本語を学んでいる人たちをたくさん見かけて驚いたことがあります。
彼らは日本が大好きで日本語を勉強していたのですが、なかなか日本語を話す機会が無いようでした。その時も「そのような現状があるのだ」と認識するだけに留まって帰国しました。
そして2つ目になるのですが、帰国した後に僕自身が留学をして世界を回ってみて英語が少し話せるようになったので、「英語力を維持したい」と思ったときがありました。
しかし、留学や旅行に行っていたので、英会話を受けるための語学学校に通う費用などはないことにすぐ気がつきます。
僕は困ってしまったのですが、たまたま母がアメリカに住んでいた経験があり、そこで知り合ったおばあちゃんを僕に紹介してくれました。
そのようにして僕は、アメリカ人のおばあちゃんとSkypeで会話する機会を得ました。
正直、話す前は「おばあちゃんと話をしても英語の練習になるだけで、あまり面白くないだろう」と考えていました。
しかし、実際に話をしてみると彼女の経験や哲学、アメリカの文化・歴史といったような机上では学べないようなことを僕に教えてくれて、非常に貴重な体験となりました。
その後すぐに就職をしてしまったのですが、やはり教育問題を解決できるようなことをしたい想いがでてきて、会社を1年で辞めました。
会社を辞めたときには何か明確なアイディアがあったわけではなかったのですが、現状の社会課題と自分の過去の経験を振り返ってみたときに、「日本の高齢者と新興国で日本語を学ぶ若者たちをつなぎ合わせることができれば、お互いプラスの関係が築けるだろう」と考え、「Sail」というサービスを着想しました。
新興国の若者と日本の高齢者の課題を解決する「Sail」のビジネスモデルとは
――実際に新興国の現場に行かれた経験や異国の高齢者と会話をした経験が原体験となり、課題認識とサービスの着想に繋がったのですね。
後藤:では、具体的にどのように新興国の若者と日本の高齢者の課題を解決しているのでしょうか。「Sail」のビジネスモデルについて教えて頂けますか。
「Sail」は高齢者向け住宅と海外の大学にシステムを導入するBtoBのITプラットフォームになっています。
介護住宅・高齢者向け住宅には様々なアクティビティやリハビリテーションがありますが、その一環として「Sail」を導入してもらおうと営業を行っています。
「Sail」を通して、高齢者が新興国の若者にオンラインで日本語を教えてる、リハビリテーションとレクリエーションの間にあるような体験が価値となっていて、高齢者施設での導入が進んでいます。
また、今後は介護施設などで外国人労働者が増えていく可能性があり、高齢者が外国人労働者とのコミュニケーションに慣れる意味でも意義のある体験となっています。
一方、海外の大学では、バンコクをメインのターゲットとして、日本語学科のある大学と提携して導入を行っています。これにより生徒は「1対50」といった教師との会話ではなく、「1対1」の会話で日本語を身につけることができるようになることが価値です。
ビジネスとしては、大学と高齢者向け住宅をマッチングしているかたちですね。
今年からベトナムにも展開し始め、今後はタイ、ベトナム以外にも展開していきたいと考えています。
学生たちのデータも多く溜まってくるので、そういったデータを活用したサービスの多角化が図れると期待しています。今後は周辺領域にも注力していくつもりです。
<Sailのサービスイメージ>
「Sail」で学んだ学生が、高齢者に会いに来日してくれた
――今後の展開が期待できますね。しかし、高齢者施設や新興国でこのようなビジネスを展開するのは前例がないように思え、大変なことが多いと思います。実際に運営する中で、大変だったことや嬉しかった経験などを教えて頂けますか。
後藤:大変だったことは、このモデルが今までなかったものだったので、営業の際になかなか理解いただけないことが多かったことです。
高齢者向け住宅では、「新興国の人たちとお話をして、シニアの方々を元気にしましょうと、生きがいを作りましょう」といろいろな形で伝えるのですが、わかって頂けないことが多々あります。
新興国では、シニアと話す価値をわかってもらえないことも多く、根拠と情熱を組み合わせて啓蒙活動を地道に行っていました。
また、海外の開拓は飛び込み営業になることが多く費用が非常にかかることも大変なことですね。
嬉しかったことは、シニアの方が新興国の学生と会話する経験を通して、目的意識を持ってくれたり、「自分がまだ役に立てる」と実感してくれたり、笑顔になってくれる瞬間に出会うことです。
高齢者の中には自分を過小評価してしまっている方々が多いのですが、そういう人たちが自分のありのままの経験を自分の第一言語の日本語を話すだけで、「社会参加・社会貢献できている」と感じられるのが僕のサービスの価値だと思っています。
海外側も同じで、「大学の授業で学んだことを日本人と話してアウトプットできた」、「新しい知識とか経験をおじいちゃんおばあちゃんから学ぶことができた」といったフィードバックをもらうと事業をやっていて良かったと感じます。
そして驚いたことに、ときに新興国で「Sail」を通して学んでいる学生が日本に来て、教師である高齢者に会いにきた事例がありました。
「Sail」がなければ絶対に交わるようなことがなかった2人を、この事業を通じて繋ぐことができたのは僕にとって非常に嬉しい経験でした。
そして、様々な方が自分を助けてくれることを嬉しく思っています。
自分1人の力では大きなことは成し遂げられないと思いますが、ビジネスパートナーや投資家、お客さんを含め、いろんな方が自分を応援してくれるので、勇気をもらったり、いろいろと学ばせてもらったりしながら事業を運営しています。
想いがあれば、とにかくスタートを切ることが大事
――前例のない事業で、大変なことが非常に多いと思いますが、そのような嬉しい瞬間があるからこそ頑張れるのだと思います。
最後に「Sail」や後藤さん自身の今後の展望、社会課題の解決に取り組みたいと思っている人々にメッセージをお願いします。
後藤:目先の展望でいうと、国内でよりサービスを広げていきたいです。高齢者向け住宅はもちろんですが、CtoCのモデルにも取り組みたいと考えているので、そちらの展開も進めたいです。
そして、最終的なミッションとしては人種、宗教、年齢や価値観といったいろんな人々の間に橋をかけたいという想いがあります。
そういった人々の間の会話のセッション数をいかに増やせるかを長期的に目指していきたいと考えています。
メッセージは「想いがあってチャレンジをしたいなら泥船でもいいから港を出てみるべきだ」ということです。
自分もそうだったのですが、会社を辞めてからの1年間は夢見るニートというような感じで、バイトなどでぎりぎり食いつなぎながら生活しているような状態でした。
しかし、会社を辞めてそのような生活になっても死ぬわけではありません。失敗してもまたやり直せます。
社会課題を解決するのは一筋縄ではいきませんが、誰かがやらなければ何も解決しませんし、やってみないとわからないことだらけです。
とにかく港を出て、スタートを切らなければ何も始まりません。そうして仮説検証に取り組んで、たくさんの人の声を聞きながら、事業モデルを研ぎ澄ましていくことが大事だと思います。