「RAC(ラック)」では、家族関係の問題で困っているのに、SOSを出せない子どもたちの課題を解決するために、「ショートステイ」や「里親」の普及啓発活動を行っています。
社会で認知されず「透明な存在」になってしまっている子どもたちを早期に発見し支援することで、総合的な社会的コストの軽減と「どんな環境に生まれても前を向いて生きていける社会」の実現を目指しています。
今回は里親の普及でSOSを出せない子どもたちの課題を解決するRAC代表理事の千葉彩氏にお話を伺いました。
プロフィール
千葉 彩 一般社団法人RAC 代表理事
公衆衛生研究員、歯科医師、医療系ベンチャー勤務。
グロービス経営大学院 経営研究科卒(MBA取得)
社会的養育、特に「養育里親」(里親)を広く知ってもらい関わる人を増やすため、多様な角度からハードルを分解し、様々なテーマで里親の情報発信を行っている。 東京大学では主に医学的視点より、子どもの健康格差・地域格差を研究している。
RACが取り組む「SOSをあげられない子どもたち」の課題とは
――「RAC」で取り組まれている社会課題について教えて頂けますか。
千葉:「RAC」ではショートステイや里親の普及啓発活動を行っています。
そこで私たちが対象としているのは「家族関係で困っているのに、SOSをあげられない子どもたち」です。
家族関係で困っているのに、SOSをあげられない子どもたちが具体的にどのような子どもたちかというと、主に虐待を受けている子どもたちや、親が精神疾患を抱えていて、なかなか子どものフォローができない環境で育つ子どもたちを指しています。
そのような子どもたちは危機的状況になると、子どもを守る行政の仕組みである児童相談所に保護されるのが一般的にイメージされることだと思います。
児童相談所の方々が子どもを保護した際に、施設に預けたり、里親に預けたりしてその子どもが新しく生活できるように支援してあげることを社会的養護と言います。
現在、社会的養護を受けて生活している子どもたちは、日本で4万5000人ほどいます。500人1人の子どもが親と離れて暮らしているのです。
親元を離れて暮らしている子どもの多くは、虐待や親の精神疾患、経済的理由など、親が原因でそのような状況に陥っています。
保護されて、預けられた途端に学校が変わり、友達がいなくなるという状態になるのです。
子どものSOSがもっと早く聞こえていれば、親子が分離する前に支援ができたかもしれないし、もっと里親が普及すれば保護される子どもの選択肢が増えて、より子どもたちの声を反映した新しい暮らしを実現できるのではないかと思います。
偶然のきっかけから課題認識が生まれる
――どうしてSOSをあげられない子どもたちの課題に取り組もうと思われたのでしょうか。
千葉:一番初めのきっかけは、小学生のころに母親からネグレクトで亡くなった子どもの新聞記事を見せられたことでした。
母親が記事を見せながら「あなたも虐待されたら近所の家に助けを求めに行きなさい。」と言ってきたのですが、その時はどうして母親がそのようなことを私に言ったのかわからなかったです。
ですが、私と同じ年ぐらいの子どもがなぜ亡くなってしまったのか、どうして周りの人は誰も気づいてあげられなかったのか、どうしてその子は周りの人に助けを求められなかったのか、心に引っかかる出来事となりました。
それから大学に入るまで、その記事について思い出すこともなく過ごしていたのですが、私が大学で歯学部に入学したことで、改めて思い出すことになりました。
歯学部に入ってくる学生は、比較的に裕福な家庭の出身の人が多く、様々なトラブルや障害があると家族に相談したり、お金で解決できたりする人が多かったのです。
それを認識した時に、この世の中で家族も頼れないし、経済的に恵まれていない人たちはどうやって困りごとを解決しているのだろかと疑問に思いました。
最初はインターネットで調べてみたのですが、経済的に恵まれていない子どもや家族がいない子どもは、孤児院や乳児院のような施設で過ごしていることを知りました。
同じ時代にそのような子がいるのだと、私はそのような子どもたちに人生で出会ったことがない気がしていたのですが、それは自分が気づかなかっただけでした。
その時にふと新聞のことを思い出して、記事を見た時に大人はどうして子どもの課題に気づいてあげられないのかと思っていたけれど、私もそのような子どもに気づかない大人になってしまったのだと感じたのです。
そこで、SOSをあげられない子どもたちに対して何かしてあげたいと思ったのですが、歯科医師になる道を歩んでいた私は子どもを支えられる職種に切り替えることが難しい状況でした。
しかし、調べてみると仕事をしながら子どもを預かれる「里親」という存在に気づきました。
その時から私は、別の仕事をしながらSOSをあげられない子どもたちを支援できる「里親」になろうと決意しました。
日本では里親の知名度が低いです。海外ではアンジェリーナ・ジョリーが里親をしていることが有名で、ある程度認知度があります。しかし、日本は違います。
そこで、歯科医師になって自分の生活に余裕が出てきたら何人も里子を預かって、里親が必要とされている活動だと発信していきたいと思いました。
この経験がRACを立ち上げたきっかけです。
持続的運営に向けた仕組み作り
――RACでは具体的にどのように事業を展開されているのでしょうか。
千葉:現在はショートステイや短期の里親の普及啓発を行うイベントを行っています。
おそらく多くの方は虐待死のニュースなどを見た時に、「可哀想」や「何かできたのにな」と思った経験があるのではないでしょうか。
しかし、その時だけで具体的なアクションは起こせずに忘れてしまうと思います。
あなたも1日だけ子どもを預かれますとか、具体的にSOSをあげられない子どもたちに対して起こせるアクションを示してあげることで、解決に向けた下地を創り出している時期になります。
――持続的に活動していくための資金繰りの面はどのように考えられているのでしょうか。
千葉:ソーシャル・インパクト・ボンドなどの事例を参考に里親の分野で良い循環が生まれる仕組みづくりを行なっている最中ですので、現在は収益化などを行っていません。
例えば、医療だと早期にガンを発見できる仕組みに投資をする費用は、ガンが進行してから治療に発生する社会保障などにかかる費用よりも全体的には低いコストに抑えることができるため、早期にガンを発見できる仕組みに投資する考えが日本に導入されつつあります。
同じように子ども分野でもそのような仕組みで、早期に社会的養護になってしまう子どもたちに投資できれば、後に発生するはずであった社会的コストを抑えることができると思います。
今はその仕組み作りに取り組んでいます。
――実際に運営されていていく中で、大変だっとことや嬉しかったことにはどのようなことがありましたか。
千葉:私はSOSをあげられない子どもたちの課題を里親の普及を通して実現しようと思っているのですが、里親自体がメジャーではなく、他の人に話してみても、「名前は聞いたことがあるけど具体的によくわかっていない」や「初めて聞きました」という方が多くて、私の課題認識について周りに理解してもらうことが難しかったです。
共感してもらえる点が少ないと、活動していく中で仲間できるのか不安がありました。やはり、こういった課題解決は1人でできることに限界があると思います。
ただ、里親の普及をして困っている子どもたちを助けたいと周りに発信した時に、何人か関心を示してくれる人がいて、困っている子どもの問題に関わりたいと思っている人が私以外にもいるのだとわかった時は嬉しかったですね。
社会課題に優劣はない、気付いた課題にアクションを
――少数でも共感してくてる仲間がいることは非常に大事なことですね。
最後に「RAC」の今後の展望や社会課題に取り組む人へのメッセージをお願い致します。
千葉:展望としては、「困っているのに、SOSをあげられない子どもたち」をRACの活動を通して無くしていきたいです。
最終的には「どんな環境に生まれても前を向いて生きていける社会」を創りたいと思います。
例えば「親に恵まれなかったから自分の人生は駄目だ」とか、そうではなくて他に支えてくれる人がいて、一緒に前を向いて生きていこうと言える社会にしたいです。
メッセージとしては、社会課題に優劣は無いと思うので、あなたが課題だと思えばそれについて何らかのアクションを起こして欲しいです。
アクションを起こした先になぜ自分が課題だと感じたのか、本当に解決したい課題が見えてくることもあるので、恐れずに進んで欲しいですね。
仮に失敗したとしても、いつでも今あなたがいる場所に戻ることはできると思います。
最初のアクションは、気になる団体に連絡するとかメディアの記事を読むだけでもいいので、アクションを起こして欲しいなと思います。