「しあわせなみだ」は性暴力ゼロに向け、性暴力被害者支援情報の提供や性暴力ゼロに関する情報プラットフォームの構築、知識を広めるための「SHE(Sexual Health Education)検定」、性暴力ゼロのための研修・講演・コンサルティング、行政への意見提出など、様々な事業を展開するNPO法人です。
今回は「性暴力ゼロ」に取り組むNPO法人しあわせなみだ代表の中野宏美氏にお話を伺いました。
プロフィール
中野 宏美 NPO法人しあわせなみだ 代表
1977年東京生まれ。東洋大学大学院社会学研究科修了。社会福祉士。精神保健福祉士。
友人がDVに遭ったことをきっかけに、できることから始めようと決意。「2047年までに性暴力をゼロにする」ことを目指して、2009年「しあわせなみだ」を立ち上げる。2011年にNPO法人化。
2011年女性デープレゼンコンテスト「女性デー特別賞」受賞。2013年度東京都「性と自殺念慮調査委員会」委員。2018年AERA「社会起業家54人」選出。
講演実績として、「性暴力被害者の人権を考える」(東京都北区)、「リベンジポルノ」(東京都立川市/新潟県新潟市)、「デートDV」(東京都福生市)、「災害時の性暴力」(日本自治体危機管理学会)、「NPO論」(明治大学大学院・法政大学)、「フェミニスト・アプローチ」(桜美林大学)、「ソーシャルインクルージョン」(大正大学)等。
著書に、「多様な働きかけによる世論喚起と現実的な要求で刑法改正を実現した実践」(公益社団法人日本社会福祉士会編集『地域共生社会に向けたソーシャルワーク 社会福祉士による実践事例から』,2018)。主な論文に「災害時の性暴力~見えないリスクを可視化する~」(自治体危機管理研究,2016)、「性暴力経験者へのソーシャルワーク実践」(日本ソーシャルワーク学会誌33,2016)、「発達障害者への性暴力の実態に関する調査」(東洋大学社会学部紀要 第56-2号,2018)。
しあわせなみだが取り組む性暴力の現状
ーーしあわせなみだで取り組まれている社会課題について教えてください。
中野:しあわせなみだが取り組んでいる社会課題は性暴力です。日本の法律では「性暴力」の明確な定義はありません。
しあわせなみだでは、性暴力を「本人が望まなかった性的なできごと」と定義しています。
しあわせなみだはこの性暴力撲滅に向けた啓発活動を手掛ける団体です。活動を開始したのが2009年、NPO法人化したのが2011年となり、法人化してからは7年ほどになります。
目標として掲げているのは、2047年までに性暴力をゼロにすることです。
我々は性暴力ゼロに向けて、以下の人たちが増えたら性暴力がなくなるだろうという3つの行動指針を掲げています。
・暴力を振るわない選択をしよう
・すぐそばにある性暴力に目を向けよう
・性暴力を振るうなんてカッコ悪いと言おう
この3つができる人が増えれば、性暴力を振るう人が減って性暴力がゼロになるのではないかという目標を持って活動しています。
ーー性暴力の現状はどのようになっているのでしょうか。
中野:皆さんが性暴力と聞いて一番にイメージするのがレイプだと思います。
刑法では強制性交等罪と言います。これが年間約1000件です。それと強制わいせつが約6000件です。しかし、これらは警察に届け出のあった件数であり、氷山の一角です。
たとえば、内閣府の調査では、無理やり性交等をされ、警察に届け出るのは全体の3.7%ほどだと言われています。これを警察への届け出件数にあてはめると、強制性交等罪は実際は年間で約3万件起きていると推定されます。
実態が表に出てこないのです。
表面化を阻む性被害の心理
ーー実態として現れづらい要因はあるのでしょうか。
中野:主に要因は3つあります。
1. 性暴力に遭ってしまう方に責任があると思われてしまう雰囲気があること
2. 性暴力にあったことを誰にも知られたくないと感じること
3. 性暴力の被害に遭ったことをなかったことにしたいと思うこと
1つ目の暴力にあった側に責任があるというのは、性犯罪が起きた時、「家に行った方が悪い」、「お酒を飲んでいた方が悪い」、「暗い夜道を一人で歩いていたから悪い」など被害者を責める風潮が残念ながら少なくないことです。
そのような風潮が社会にある中で、実際に性暴力に遭うと、その考えを自分にも向けてしまうわけです。
すると、自分が悪いんだからこれは警察に訴えられないという考えに至ります。
2つ目の被害にあったことを誰にも知られたくないは、性的な行為は通常、親密な関係、プライベートな空間で起こり、公にはされないものです。
このため、たとえそればが性暴力であっても「性的な出来事を他人に知られたくない」と感じ、誰にも言えなくなってしまうのです。
3つ目の被害に遭ったことを無かったことにしたいと思うのは、性暴力に限らず、嫌な経験は誰しもなかったことにしたいという気持ちが沸き上がることがあると思います。
あの経験は嘘だったんだと思いたい、信じたくない、夢だったんだと思いたいという感情がわきます。
性暴力に遭った時、警察に訴えるのは、性暴力があったことを自分で認めることになります。
だから、「自分自身に性暴力が起きたことを信じたくない」「自分を守りたい」と考え、「訴えない」選択をせざるをえない状況が起こります。
ーー1つ目の理由で、被害者側が悪いという考え方は一部の人かもしれないですが、それは男性側が思っているのでしょうか。
中野:性別を問わないですね。男性以外からもそのような発言があります。
ーー被害者と同じ性からも言われてしまうと、自分から言いづらい状況になってしまいますね。
中野:たとえば、性被害にあった女の子がお母さんに相談した時に、「知らない人についてったあなたが悪い、そんなの誰にも言っちゃだめ」と言われて、それ以来誰にも言えなくなってしまった。そのようなことが少なくないんです。
女性である母親から女の子である娘への発言は、異性からの発言とはまた違った影響を与えます。
逆に男性でも非常に性暴力の状況を理解して、被害者には責任がないときちんと言ってくれる人もいます。
国内の性被害への体制は遅れている
ーーここまでは日本の話だと思いますが、対外的に見て日本の状況は遅れているんでしょうか。
中野:日本は非常に遅れていると言わざるを得ない状況です。他の先進国に比べると法制度や支援体制が整っていません。
法制度については、2017年に刑法が施行から110年で初めて抜本的な改正が行われました。
これまでの制度は、明治時代に女性がまだ父親や夫の所有物として扱われた時代にできたものでした。
女性の人権よりも傷物になってしまったら、父親や夫の名誉を汚してしまうので作られた罪だったんです。
それが110年間ずっと続いていて、今の時代には全くそぐわない状況になっており、国連からも随分勧告を受けていました。
そこで今回改正になった内容の1つとして、被害者が訴えなければ起訴ができない親告罪から訴えなくても起訴できる非親告罪になったことが挙げられます。
たとえば、殺人であれば被害者が亡くなっており、本人が警察に事件を訴えることはできません。そこで、事件を認知したらすぐに告訴できて検察が調査を行えるようになっています。
しかし、性犯罪の場合は事実があったとしても本人が訴えなければ調査が開始できない罪になっていました。
この背景は、傷物であることを世間に明らかにすることが女性にとって不利益であるという考えに基づくものだったようです。
親告罪であった点について、国連から強い指摘を受けていて今回の改正の一つの要項になりました。
また、量刑も重くなっています。
今回の改正で良くなっているようにみえますが、110年でようやく少し改正されてという見方が正しく、まだまだ足りないところがたくさんあります。
例として、国連から継続して勧告を受けている部分で、夫婦間強姦に関する規定がないこと、そしてしあわせなみだが取り組む障がい児者への性暴力に関しては、障がい女性が「障がい」を持ち、なおかつ「女性」であることにより、二重の不利益を被っていることへの対応が不足していることなどがあります。
こうした状況を考えると残念ながらまだまだ遅れていると言わざるを得ないです。
また、支援体制に関しては、性暴力にあった時に多くの人は自分がどこに行ったらいいかわからず、ネットで検索をするのではないかと思います。
きちんと性暴力に関する知識を世の中に普及していれば、たとえ暴力にあったとしてもすぐに相談先を理解していると思うんです。
けれども、それを知らない状況はそれだけ支援の情報が行き届いていないことや支援体制が足りないことを示していると思います。
実は性暴力被害への包括的支援体制として、性暴力被害者ワンストップ支援センターが存在します。
ここ5年ほどで全国に開設されるようになっており、国の目標として2020年までに各都道府県に1箇所という目標ができています。
しかし、国連は女性20万人に対して1箇所の基準を設けています。なので日本全国で300ヵ所ないといけないことになるので全く足りていません。
国連の基準に満たない状況を踏まえれば支援体制が遅れていることも明らかではないかと思います。
「性暴力ゼロ」を目指した原体験
ーーどうして性暴力の課題に取り組もうと思われたんでしょうか。
中野:理由は大きく3つあります。
私は福祉を専攻しており、実習で親と暮らせない子ども暮らしている児童養護施設やパートナーと暮らせないお母さんと子どもが暮らしている母子生活支援施設に行く機会がありました。
そこでは、家族から暴力にあった人たちが暮らしていたのです。私は一番安心安全な関係が築かれるはずの家族から暴力に遭うという事実にとてもショックを受けました。
さらにその人たちが暴力に遭った被害者であるにも関わらず、住所を公開しない施設でひっそりと生きている。
そして場合によっては、一生苗字を明らかにできない、住民票を移動できないような状況で生きていくことが非常におかしいなと思いました。
本来であれば、加害者が隔離されて生きていくはずなのにどうして被害者側がそのような状況に置かれるんだろうと。
そこで、社会に対して疑念を持ち、なんとかしたいと思った経験が1つです。
2つ目が、友達が DV にあっていたことです。同じ職場の同期で、非常に仲が良かったのに暴力に遭っていたことに気付けませんでした。
気づいた時には、彼女が会社を辞めざるを得ない状況になっていて、何もできなかったのです。
暴力を振るっていた相手も同じ職場だったのですが、職場の意見として暴力を振るう男が悪い一方で、そんな男を選ぶ彼女にも責任があるという声も少なからずあり、2人とも退職することになりました。
私は彼女にも責任があるという意見はおかしいと思ったんです。でも、当時は知識がなくて何も説得することができませんでした。
自分は人のためになる仕事をしたいと思って福祉をやってきた人間なのに、身近にいる人すら助けられなかったことが凄くショックで、何も言えない自分の力のなさを痛感させられた経験でした。
やっぱりなんとかしたいと思ったんですね。
しあわせなみだの活動をやっているのは、今は連絡も取れなくなってしまった友人に、もっと私たちの団体が大きくなって、いつかこの活動が届いて「私は悪くなかったんだ」と思ってもらう事が私個人の目標でもあります。
3つ目は、性暴力を経験した方の本を読んだことです。
10年ほど前になりますが、小林美佳さんという方の「性犯罪被害にあうということ」という本が出版されました。
その本は、性犯罪被害の当事者である小林美佳さんが名前と顔を出して、性犯罪の経験を書かれた本だったのです。
それを読んで、性暴力は本当に社会的な課題なんだとものすごく痛感しました。
実習先で出会った家族から暴力にあった人たちやDVを受けていた自分の友達が経験したことは、社会的な課題だったんだということに気がついて、きちんと福祉を学んできた者として、この社会を変えていかなければいけないと思って「しあわせなみだ」を立ち上げました。
ーーしあわせなみだの具体的な事業内容について教えてください。
中野:しあわせなみだでは、性暴力をなくすために3つの事業を行っています。
1つ目がCheering Tearsです。
Cheering Tearsは性暴力等に遭った方を応援する事業で、性暴力ゼロに関する情報のプラットフォーム構築を主に行っています。
2つ目がBeautiful Tearsです。
Beautiful Tearsでは性暴力に遭った方を美容の力で輝かせるための事業で、施設で暮らす女性を対象としたメーク事業を行っています。
3つ目がRevolutionary Tearsです。
Revolutionary Tearsは、性暴力ゼロを実現するために、社会に働きかける事業で、知識を広めるための「SHE(Sexual Health Education)検定」や性暴力ゼロ研修・講演・コンサルティング、行政への意見提出などを行っています。
「小さな勇気」の積み重ねが大きなムーブメントを生む
ーー事業運営をされている中で嬉しかったことにはどのようなことがありますか。
中野:一番嬉しかったのは、刑法改正ですね。
自分が「しあわせなみだ」を立ち上げた時には、そんなことになるとは思ってもみませんでした。
私が活動を始めた時には、性暴力のワンストップ支援センターすらなかった状態で、この10年間は性暴力の業界にとってもの凄くドラスティックな10年だったと思います。
ワンストップ支援センターができて、刑法が変わり、社会的なムーブメントとして#MeTooが流行語にもなったこの10年の変化は、これまでの何十年という歴史をぎゅっと凝縮して変わったような時代だったと思います。
この10年間に活動を始めて、多くの変化に関われたことは非常に嬉しかったです。
ーー今後の展望と行動に迷っている人にメッセージをお願い致します。
中野:私は世界が平和になって欲しいと思っています。
そのための1つの方法が性暴力をゼロにすることだと思って活動しています。
なぜなら、性暴力のある社会は平和ではないと思うからです。世界を平和にする方法はいろいろあると思いますが、私にできることで、すべきことの1つとして性暴力をなくすことに今後も貢献していければいいなと思っています。
メッセージとしては、「自分が理想とする社会は自分で創る」ということです。
自分が理想とする社会を、他の人は誰も創ってくれません。自分がこんな社会になったらいいなと思ったら、起業という形もあると思います。
「そこまでは」と感じる方も多いと思います。SNSで一言発信するとか小さな形でもいいので行動することが大切です。
今すぐできることの積み重ねが、人の賛同を得たり、団体になったり、大きなプロジェクトになってムーブメントを作っていくことに繋がっていくと思います。
自分でまず「一歩」動いてみることがとても大切です。